YOUBOX from SPAIN vol.2

最高に「おいしい」アンチョビを求めて

 パスタとか、バーニャカウダとか、野菜炒めだとか、塩分と風味のために使うことが多かったアンチョビ。「おいしいアンチョビ」という存在があることすら、特に意識していなかったものの、出会っちゃいました。とんでもなくおいしいアンチョビに……。
 ブルゴスを離れ、北上。車だったら2時間くらいで着いたのだけれど、今回バスで移動したため、またもや5時間くらいの旅。特に何を考えるとも無くぽけっと過ごしていると、光り輝く海が見えて来た。カンタブリア海に面した港町・ラレドには、美しいビーチが広がり、振り返ると山。この恵まれた景色によって人口1万人強の町には別荘が立ち並び、夏は多くの人で溢れる。
『カンタブリアのアンチョビは、世界一』、そんな噂を聞いて訪れてはみたものの、そもそも私にアンチョビのおいしさが分かるのか、いささか不安はあった。町の真ん中から車で10分程行くと、アンチョビ工場が立ち並ぶ倉庫街が見えてきた。このあたりのアンチョビが世界一と言われる理由は、もちろん自然のなせる技だけれど、漁業者の高い意識によって保たれているものだった。
 一時期、乱獲等によりめっきり減少してしまったカタクチイワシ。そこで、団結してカンタブリアのカタクチイワシを守ろうと、2005〜2010年の間漁業を自主的に停止していた。操業再開後も、漁期は6月頃産卵に入る前の3ヶ月間だけに決め、種の保存に務めている。そうして獲れたカタクチイワシは、その年によって値段が変動し、アンチョビになった後も缶詰めなのに要冷蔵、賞味期限は1年と意外と繊細なものなのだと初めて知る。
 カンタブリアのアンチョビの中でも、特においしいと聞いて訪問したのが、シチリアから移住して来た家族によって始められた、『CODESEA』。現在は3代目のホセルイスが受け継いでいる。ホセルイスは、「僕たちが信頼を置く腕のいい漁師たちは、狙いを定めたポイントでのみ円を描くようにして魚を獲る、巾着網を用いた漁法なんだ。他の船は大きな網で根こそぎとるところは多いけど、それは用いないことにしている」。巾着網の漁法は技術がいるが、他の種類を無駄に獲ることがないサスティナブルな漁法のよう。
 ものすごいスピードとパッションで何でも教えてくれるエンリケが、工場内を案内してくれることに。まず、魚の頭都や内臓を取り除いて塩に漬け発酵させる。この発酵を取り仕切るのは、創業者一族のひとりであり、エキスパートのジュリアン。「食べた時に心地よい塩分となるよう、アリカンテの海水を自分たちが欲しい塩分濃度まで煮詰めて使っているんだ」。とジュリアン。塩とイワシを交互にミルフィーユ状に重ねて、気温が20度くらいになる6〜9月にかけて発酵。そして、冷蔵庫で寝かせる。1年後、塩分を洗い流してから水分を飛ばし、1匹いっぴき開いて骨を取り除き、表面をたわしでこすって綺麗にしたり、はさみで形を整えたりする。昔からアンチョビに関する気の遠くなるような仕事は、女性の手仕事。「やっぱり、女性の方がこういう丁寧な作業に向いているんだろうね。僕たちの工場には60人の女性が働いていて、おいしいアンチョビ作りは、彼女たちがいないと出来ないよ」。とエンリケ。出来上がった缶の中には、担当者の名前の書いた紙が入っている。
 むっちりと肉厚で塩分が強すぎず、魚の旨味が凝縮したこのアンチョビは、最初いぶかしく思っていた私でもわかるほどおいしい。後で調べたところ、どうやらThe Best Artisan producer of Europe を獲得していたり、iTQi(国際味覚審査機構)で3つ星を獲得するなど、輝かしい受賞歴があった。「ものすごくうまい生ハムみたいだろ?」と、誇らしそうなエンリケ。漁法から塩からこだわり抜いたCODESEAのアンチョビは、この辺りのおいしいと言われるアンチョビのなかでも、確かに抜群だ。

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町の肉屋のプライスレスアンチョビ

 ラレドからバスで30分ほど、降りた瞬間からアンチョビの香りがする、そんなちいさな町サントーニャ。なんか響きが可愛くて行くのが楽しみだったんだけれど、ついてみたらやっぱり可愛くて一瞬で心掴まれる。「サントーニャでは、みんな家でアンチョビ作ってるらしいよ」と言う噂を確かめるべく、聞き込み調査を開始した。港でぼけっとしてるおっちゃんに声かけてみたり、釣りしてるイケメンに声かけてみたり、パン屋のおばちゃんに聞いてみたり……。みんな人が良くて、親身に聞いてくれるんだけれど、「ちょっと前までウチでもつくってたんだけど」という意見の多いこと。だから、作っている人を見つけたときには、「見せて下さい!」って条件反射のように言ってしまう。だけど、2、3度断られて、はたと自分が、てろてろした格好の何者かわからないアジア人だということに気づく。不審者だなと納得したが、肉屋の親父が作っているという噂を聞いたので、めげずに公園のとなりにある「チュチ」という肉屋へ。そこにいたのは、ぶっきらぼうでなかなか笑わず、私のことを「おい、チャイニーズ」と呼び続けるヘスース。でも、なんだか少し気に入ってくれてるようで、自分の家や近所を案内してまわってくれる。そして、自分の家の隣で作っていたのが自家製アンチョビ。一連の手作業での流れを見せてもらった。漬物のように重石を乗せて8ヶ月〜1年発酵させたカタクチイワシは、滋賀で見た鮒鮨を作る時の様子にとても似ている。さっと洗って布でくるくると巻いて脱水し、半分にひらいてはさみで骨をとったり綺麗に切りそろえて瓶詰め/缶詰め。漬物のように、どこの家庭でも昔は作っていて「あのばーちゃんのが一番うまい」とかあったみたいだけれど、これまた漬物のように時代とともに自家製は減少傾向にある。知る人ぞ知るヘスースのアンチョビは、尋ねるとお店の奥から出てくるのだ。CODESEAの最高にこだわって製品化されたアンチョビのように、誰が食べても本気でおいしいもの。ヘスースの生産量も限られていて知ってる人しか買えないアンチョビのように、かけがえのないおいしさがあるもの。いつだって「おいしい」は、ひとつではないのだ。

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