YOUBOX from SPAIN vol.1

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次はどこにいこう。いつもそこからスタートする、我々『YOU BOX』。今回スペインに決まったのも、何を隠そう出発の1週間前だ。いつも通り、初日に泊まる場所だけ確保し、あとは現地での聞き込み調査の出たとこ勝負! 現地で本当においしいものを見つけるには、感覚の似ている現地の人への聞き込み調査が一番。ということで、最初の2日はグルメな友人のおすすめレストランで、ともに食事をしながらシェフに聞いたり、かなりグッとくるラインナップの食のセレクトショップのオーナーと仲良くなって教えてもらうなど情報収集に勤しむ。なんとなく行けそうな場所をピックアップしつつ、少しずつ北上するプランに決定。さて、今回は、どんなおいしいものと巡り会えるかな。

 

職人ヘスースの、ハーバル・ハニー

『職人』という言葉を聞いてイメージする人物はどういう人物だろう。無口? シャイ? 仕事が恋人? ……大抵の人の「職人」イメージが、きっとjesus(ヘスース)を表すのではないかと思うほどに、彼は『職人』っぽかった。
マドリッドから電車でことこと約2時間。到着したのはSigüenza(シグエンサ)という、宗教上でとっても重要な場所であり、大きな大聖堂とお城が圧倒的な存在感を持つ古くて小さな町。海抜1000mほどだというこの場所は、夏は暑く冬は寒くなるおかげか、量は多くないがクオリティはとっても高いハーブが育つことで有名だ。そんな、良い香りの絶えない場所で、30年以上超ナチュラルな蜂蜜を作っているヘスースに会った。
「この大自然の中で蜂と戯れている時が一番好きなんだ」。シャイな笑顔を見せるヘスース。スペインのなかでも有数の大きさの蜂蜜タンクを持っているにも関わらず、すべての作業は自分が取り仕切って行っているという職人気質な彼。話していてもなかなか笑わないし、かなり人見知り。でも、巣箱がある場所(本当に何も無い広大な丘)に行った時の無邪気な笑顔は、とってもチャーミングで胸キュン。除草剤や農薬を使わない、ワイルドな花から様々な味を生み出すアーティストでもある。
ところで今、世界中で蜂が減少しているのが問題になっている。2006年アメリカでは蜂群崩壊症候群と呼ばれる謎の病で、1/4もの蜂が巣箱から突然消えたという。他の国でも、いくつかの研究で農薬の成分が蜂に悪影響を与え、帰巣本能を狂わせてしまうのだという結果がでている。農業大国フランスでは、いち早くネオニコチノイド系農薬を禁止し、蜜蜂維持のために花の種を道ばたに巻くという計画が進行中だ。ヘスースは本当に悲しそうな顔で、「スペインでは、原因はまだ分かっていないと言われているけれど、せめて自分のところの蜂にはそんなことがないように、無農薬で保つよう心がけているんだ」。ヘスースの蜂蜜にオーガニック認証はついていない。巣の周りの土地は農薬を使っていないものの、どこまで蜂が飛んで行き、どこから持ち帰った蜜なのかを特定するのは難しいからだ。しかし、蜂のことを広く知ってもらおうと、ヘスースは自腹で「蜂博物館」を自宅付近に建設中だという。この溢れんばかりの蜂への愛情を知ると、認証がなくとももちろんナチュラルで実直に蜂蜜を作っていることは想像に難くない。
季節のハーブの香りとヘスースのパッションを詰め込んだ蜂蜜は、インパクトのある味わいながらとっても柔らかで香り高い一品。「タイムが一番好きなんだ」ぼそっとつぶやいて、今花盛りのタイムの花をいかにも大切そうに手でふわりと包み込み、深呼吸。その瞬間、周りに誰もいなくなって、完全にその世界に浸っているであろうヘスースの、あまりに幸せそうな顔はいまでも目に焼き付いている。

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アルフォンソとマリアのオーガニック・ゴートチーズ

マドリードからバスで2時間半。なにもない道を北上して到着したのが、ブルゴス。古い街並みに、大きくてのんびり流れる川が一本。その川からは城が見え、川べりは芝生というなんとも私好みのうららかな場所ではないか。ここで、1時間クラフトビールを飲みながらゆるりとバスを待つ。それからバスを乗り継ぎ1時間半北上し、さらなる田舎へ。
 半径2キロはあるという広大な土地を管理し、玄関から家まで車で5分かかる冗談のような家に住んでいるアルフォンソとマリア。中にはアンティークの家具や小物の数々が、博物館かと見まごうほどにずらり。マリアは彫刻家であり、彼女が手掛けるとっても素敵な作品が、家をさらに雰囲気のあるものにしている。
「“ワイルドガーデン”を散歩しようか」。そう言ってアルフォンソが案内してくれたのは、ガーデンというか、もはや山。彼は野生動物や豊かな植生のために12万本の木を植樹し、現在ガーデンには100種類以上もの植物が生い茂る。木の実を食べに来たバンビたちに、ふと出くわすこともしばしばだ。散歩というより軽いハイキングだけれど……、と思いながらひょこひょこついていくと、子犬たちもひょこひょこついてくる。「僕はジュニパーに恋しちゃってるんだ」。稀少で国の保護下にあるジュニパーも、彼の土地にはたくさん生い茂る。剪定したり間引きしたりと手入れはするものの、「自然はそのあり方自体が美しい」と、自然の造形美を残しながら木々がすくすく育つ手助けをするアルフォンソ。「スペイン人は雑多な場所だと言うけれど、日本人はこの美しさを分かってくれるんだ」と、目を細めながら話す。彼が営むのは、自然の循環をきちんと理解し、すべてがエコでサスティナブルな牧場。自分たちが使う3倍の電気をソーラーパネルで生み出し、山羊たちのふんは自分たちが食べる野菜を育てる豊かな土に。古くなった山羊のチーズは、自分たちと従業員用に育てている鶏やウサギが食べるのだそう。彼らのキッチンは、ずーっとそこにいたくなるほど心地よくて、そこから生まれる料理は、どれもまるい味わいになる感じがしてならない。新鮮なチーズに友人が作ったワイン、そして焼きたてのパンが並べば、これ以上無い幸せな食卓だ。
「家族で経営していた農業の会社は、今より格段に大きかったけど、その会社を2000年に売って、この場所を買ったんだ。牛も豚も信じられないくらい大量に飼っていて、大量生産や大量消費のシステムの中で大企業と戦って来たんだ。昔はいかに人件費を減らすかを考えていた。でも今は、いかにこの場所でもっと雇用を生み出せるかということを考えている。面白いね」。そう言って笑うアルフォンソ。彼のスタンスはずっと昔からそうであったかのようにナチュラルでヘルシーだけれど、全く違う世界の一線で仕事をしてきたことが、現在の莫大なパッションに繋がっているのかもしれない。
 広大な土地で、愛情たっぷりのびのび育つ彼らの山羊たちは、我こそはと寄って来てちゅーしながら迎えてくれる。「僕の父はね、育てにくい山羊は避けてビジネスをしていたんだ。だからこそ、僕は新しい挑戦がしたくて山羊を育ててみた。するとすぐに、とっても賢くて可愛くてシャイで、自立している山羊たちに惚れてしまったんだ」。横で聞いていたマリアは、「そのおかげで私は、彫刻じゃなくて山羊のチーズ作りをすることになるなんてね」と笑いながら言い、「彼はいつだって難しいものを選ぶから、仕方ないわね」と続ける。仲の良いふたりは、なんと17歳頃から一緒にいて22歳で結婚し、今に至るのだそう。
 ふたりがこの山奥で目指しているのは、テクノロジーに中指を立てて、原始的な生活バンザイって話では全然ない。現に、彼の工場はとっても小規模だけれど、チーズ工場に関しては最高峰の設計士(フランス人)が彼のチーズに惚れ込み、最新鋭の施設を設計したためハイクオリティのチーズが出来上がる。彼らの山羊たちが食べているアルファルファなども、もちろんオーガニックだが、大きなトラクターで一気に刈り上げ、EM菌と混ぜて山羊たちに与えている。そうして出来たチーズは、臭みが全くなく、ヨーグルトに近いまろやかさとさわやかさ、さらりとしているのに奥に感じるコク。パンチがあるわけではないのに、するっと体に入る美しさ!さらに山羊の乳は牛乳よりも分解され易いたんぱく質構成なため、人間の体内での利用・吸収性が高い。また、アレルギーになりにくいため、最近のフランスでは、赤ちゃんに山羊のミルクを与える母親が大多数だとも言われている。
 彼らがスペイン国内だけではなく、海外に目を向けているのには理由がある。オーガニックなチーズを作り始めて2、3年は、誰もアルフォンソたちが取り組もうとしていることの意味が理解できず、大量生産大量消費をベースにしたシステムと戦って行くことに苦戦したと言う。「今やっていることが時代的にちょっと早すぎることは分かってるんだ。でも、僕らはプロダクトを輸出しているだけではなく、アイディアを伝えているんだ。ヘルシーでオーガニックで、サスティナブルなものを作っていこうって。そして、みんながfollowできるようにどんどん先へ走って行こうと思っているよ」。
 とんでもなく大きなビジネスにする必要は無いけれど、人をきちんと雇って食べさせていけるんだと証明できるほどにはしなければいけない。丁寧に作り上げたおいしくて体に嬉しいものは、たくさんの人に届けたいとというアルフォンソのスタンスからは学ぶことがたくさんある。「僕にとってチーズ作りは、『work』なだけじゃなくて、『life』なんだよね」。アルフォンソと話しながら、私はミニマムに生きて周りの人たちを幸せにすることができればと考えていたけれど、もっとダイナミックに動くことでその範囲が広がる可能性があるのであれば、もっと多くの人に届く形で言葉やプロダクトを作ったり動いていくことが必要なのだと感じ、その方法を模索しようと心に決めた。

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